しくじる毎日

つまづいてばかりのこれまでを「変えていく」足跡ブログ

「人を癒す」ことと「自分が癒される」ことは同じと実感した

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こんにちは、ゆばしです。

 

唐突ですが最近、結構体調がいいです。

私が中学生の時から悩んでいた「漠然とした不安」「鬱々とした気分」「不眠」。

ひたすら悩んでいました。ここにも書いてあります。

active46.hatenablog.com

それがある「きっかけ」から、吹っ切れたんです。

僕もこんなことで吹っ切れてしまうんだと少し驚いていますし、この記事を読んでくださっている方にも伝えたいと思ったので書いています。

鬱々とした気分が吹っ切れた「きっかけ」

僕が長年悩んできた「不安定な気分」から脱出できた「きっかけ」。

それは、「彼女を看病した」ということです。

なんだそれって聞こえてきたような気もしますが、本当です。

「入院した彼女を出来る限りそばで応援しようと行動した」

ことで、なぜか自分自身の悩みが吹っ切れることになったのです。

「人を癒す」ことは「自分が癒されること」は本当だった

僕は大学で心理学を学んでいるのですが、その中で時々聞かれる言葉に、

「人を癒すことは自分が癒されることである」

というものがあります。

心理学を学んでいる中で、カウンセリングなどの場面を想定して、

「相手の悩みなどを受け入れて一緒に解決していこうと努力すること」は、

「お互いに癒し癒されていくこと」

だと言うことがあります。

これは本当のことなんだと、身をもって実感したのです。

「悩む習慣」をやめる為には「まず行動」

長年悩んでいたことが吹っ切れたと思えるようになってから気が付いたこと。

「毎日悩まないと不安になっていた」

健康な人がこの言葉を見ると、意味がわからないかもしれません。

逆にわかる人には共感してもらえると思っています。

 

「今の状況では自分は何も出来ない。早く環境変わらないかな」

「体調が悪いのが続くのはあの人のせいだ」

「今日体調がいいということは明日は悪くても仕方がない」

 

僕は上に書いたようなことでずっと悩んでいました。

確かにこの悩みは「辛い現実」に「適応」する為には必要な悩みです。

でも「辛い現実はなかなか変わらない」

それは「自分が行動していないから」に他ならない。

このことに気付けたことは何よりも大きいと感じています。

「誰かのため」に「行動」出来れば「吹っ切れる」

「身近な人を看病する」ことで「悩みが吹っ切れた」経験をここまで書いてきました。

根深い悩みを持っている人ほど、

「他人より辛い思いをしている自分を優先したい」

という感情が湧いてくるような気がします。実際に僕がそうでした。

そういう時にあえて、

「人のために行動してみる」力があれば、

「スッキリした気持ち」が得られるのかなと感じます。

 

このことが精神的な病気で悩んでいる人全員に当てはまるとは思っていません。

ですがこの記事を読んでいるあなた一人にでも届いてくれればと思っています。